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だが、次のような場合もある。
これは先日、うちの学校の日本人の先生から聞いたことである。今秋、私たちの先輩が日本の一流大学の大学院の研究生となった。いよいよ日本へ行くというとき、この学生はその大学院の指導教授に一万元を越す贈り物を準備したというのである。「なぜ中国人の留学生はその先生にそんな高価なものを贈るのか。ずいぶん露骨な贈り物に思える。」と日本人の先生は不思議がった。「たぶん、その留学生の親は、これからその先生にお世話になりたい。親は自分の一人っ子が遠い外国で勉強するのが心配だから、先生に高価な品物を贈ったのだろう。もし、その先生が受け取ったら、親は安心する。」と私は先生に説明した。これはお返しを期待する例だろう。
また、値札を外すかどうかも中日贈答の差異における典型的な例の一つであろう。一部の中国人は友達にプレゼントを贈る場合、値札をつけたままにする習慣がある。もちろん、それらのプレゼントはたいがい高価な品物である。もし値札を外すと、贈られたほうは、そのプレゼントを安い物だと思うかもしれない。それに対して、もし値札がついてあれば、相手に誠意をはっきり知らせることができる。「私はこんなにあなたのことを思っているよ。だから、大金までかけたの。」という気持ちも相手に十分に伝えることができる。これで、贈る側は不安な気持ちを感じなくてすむ。
しかし、それは日本人にして見れば、ちょっと想像しがたい。「あなたへの贈り物に私はこれだけお金を払いました。」と知らせるのは失礼なことに当たるようだ。だから、彼らは必ず値札を外す。外さないと、「こんなに安物なの。」或いは「えっ、こんなに高価なの。」となり、このどちらもよくない。金額がわかると、安物は喜ばれないし、もし金額が高すぎれば、贈られた人はお返しにずいぶん困ることにもなるだろう。だから、金額がわからないほうがいいということらしい。
どうも、贈答において、日本人より、中国人は相手にもっと情熱的であり、無理をしても高価な品物を贈るのが好きなようである。相手にささやかなものを贈るのは恥ずかしいというのが、中国人の、少なくとも都会人の一般的心理である。日本人は、金額よりどちらかというと「心(こころ)」を重視し、お祝いや感謝の気持ちを伝えるために、ささやかな贈り物も贈るようである。国によって、贈答のやり方が違うのは当然である。だから、わざわざ各国の習慣を変える必要はないが、各国間の文化的差異をよく知っておいたほうがいい。中国人と日本人との付き合いにおいて、贈答は交際のマナーのほんの一部にすぎない。相互の信頼と感情の融合及び真心を込めた態度こそ、親交が繋がる紐帯なのではないか。