言うまでもなく、翻訳者はまず第一に、翻訳しようとする原文について相当な基礎力を持っていなければならない。母語だからといって、基礎力の向上にたゆまぬ努力を怠ってはならない。外国語についての基礎力を有することを翻訳者の必要条件とすることには誰も異論はないだろう。しかし、自分の母語に磨きをかけ、レベルアップをはかることもきわめて重要であるということは、往々にしておろそかにされがちである。母語の水準が低ければ、それで書かれた文章の内容や風格、持ち味を正確に深く把握することができないので、翻訳のキーポイントである原文の「把握」に問題が生じ、それが訳文のよしあしに大きくひびいてくるのである。
第二に、日本語さらに日本に対して豊かな知識と生活体験を有することも、翻訳者にとって必要不可欠の条件である。日本語が少し分かれば、あとは辞書があれば翻訳ができると思っている人もいる。特に中国語と日本語の間の翻訳についてそういうような考え方をしている人が多い。中日両語ともに漢字を使っているのでお互いになんとなく分かるというのであるが、これはとんでもない間違いである。翻訳の対象となる内容は森羅万象、あらゆる分野、すべてのジャンルにわたっている。この点はほかの科目や専攻とまったく異なっており、翻訳者は関係語学以外は、狭くて深い知識よりも広くて豊かな知識が求められる。もちろん、ある特定の科学・技術分野の翻訳だけに従事する場合は、その分野に関する科学・技術の知識をかなり深く要求される。その場合でも、科学・技術が専門化・細分化とともに学際化・総合化の傾向を強めている今日では、その知識にある程度の広がりが求められる。また、文学作品を翻訳する時には、その国の民族性や風習・生活様式も含めた豊かな知識と生活体験を必要とする。生活体験については、いちいちその国に行って直接に体験することはできないが、自分の生活体験を豊かにしておけば、自ずから共鳴する部分が生まれ、印象や感触によって間接的に生活体験をすることができる。
また、翻訳にはそれなりの技法やテクニックがあって、それらを把握し駆使しなければ、翻訳はできないし、ましてやいい翻訳はできない。翻訳の技法やテクニックは翻訳の実践のなかで知らず知らずのうちに体得し、無意識のうちにそれを運用しているのである。その体得は人によって、とくにその人の翻訳実践の量と質によって、まちまちである。したがって、翻訳実践の量と質がものをいう場合が多い。もちろん先人の経験から学ぶことも大事である。
责任编辑:admin