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日语作文范文——民間交流と中日関係
2024-04-20 16:21:35    etogether.net    日语学习网    


それは今年の春先で、まだ春の息吹が微かでいる頃のことだった。ある日、先輩に日本人の専門家の随行通訳をしてもらえないと頼まれた。貴重なチャンスで快く承諾したが、初体験から心細い気持ちでいっぱいだった。

相手は日本のある機械製作所の専門家で、機械のメンテナンスで中国の工場へ来たということだ。専門家ときたら、偉くて厳しそうな顔という先入観にとらわれていたが、初対面では、いつも微笑みで元気なおじさんの印象だった。簡単な挨拶を交して、音部という名前が分かった。

それからの15日間は充実した毎日だった。日課のような打ち合わせ、現場状況の確認、機械の分解と組み立てなどで音部さんに付いて、工場を歩き回っていた。

この工場へ何度も来て、音部さんはここの古い友人と言えるくらいだ。休憩の時、みんな操作台を囲んで、冗談まじり話していた。その場、私はメッセンジャーに変身し、それぞれの話しを相手に伝えた。日本の出来事から医療保険制度まで工場の人が興味津津で、彼らの世間話を聞いて、その思いがけぬ盛り上がった雰囲気に心を暖められ、この仕事なりの楽しさを見つけてきた。

中国の変化が音部さんの関心事だ。タクシーで工場に向かっている途中での、「中国人は交通マナーがよくなった」だっだり、「最近中国の大気汚染が深刻だな」だったりした音部さんの見たままの真実を込めた独り言は、彼との距離を縮めてくれた。

ある休みの日、音部さんは「行きつけの料理屋に行こう」と提案した。そこで暇を潰しながら、夕食を済ませようとして、二人で行った。私の協力なしでさっさと料理を注文しておいた音部さんを見て、私は呆れてしまった。

「音部さんは中国の食文化に詳しいですね」と、私は感心した。

「まあ、何度も来ただけで」と、音部さんは満足した顔を見せてくれた。

「慣れていますか、中華料理には」

「郷に入っては郷の食い物に慣れろ」と音部さんは自家用の造語で返事して、また、

「劉くんは日本に行ったら、きっと中国の一料理を譲って、日本のに慣れるだろう」と。

おそらく音部さんがその場の直感から何心なく発したに過ぎないこの言葉はいかにもその時の私の実感を突いた。



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